2021.8.17

2021.8.17

素朴な疑問にARTAレーシングドライバーたちが即答!(後編)

ARTAレーシングドライバーたちへの素朴な質問コーナー。

前編はこちらから

後編もARTAレーシングドライバーの野尻智紀、福住仁嶺、高木真一、佐藤蓮が登場し、ファンの方や関係者、ARTA GALSから寄せられた「レーシングドライバーに聞いてみたい素朴な疑問」に答えます。

Q:レースで良い結果を出すために我慢していることはありますか?

高木真一:それこそ、僕は宝くじは買わないようにしています。そこで運を持って行かれないように。

福住仁嶺:でも、当たったら、そっちはそっちでいいじゃないですか。

野尻智紀:ある意味、それで生きていけるじゃないですか。

高木真一:そうなんだけどね(苦笑)

野尻智紀:僕は……ゲームはやらないようにします。

福住仁嶺:やっぱりそうですよね。僕も今年めちゃくちゃ視力下がりました。

野尻智紀:やっぱりそうなるよね。

佐藤蓮:僕は、視力が落ちないコンタクトレンズをつけています。

野尻智紀:それって、どういうこと?

佐藤蓮:夜につける矯正用のコンタクトがあるじゃないですか。それだと視力が落ちないらしいんですよ。

高木真一:そういうのがあるんだね。え、みんな目は悪いの?

野尻智紀:悪いですね。だからコンタクトレンズをつけてレースをしていますし、レース中も落ちないかが常に恐怖です。5月の時にスーパーフォーミュラのオートポリスで悪天候で中断になったんですけど、その時もピットに『目薬持ってきて!』って言いましたね。なので、あまり眼は悪くしたくないな 思います。

福住仁嶺:(小声で)まずいなぁ……。

野尻智紀:最初の緊急事態宣言の時とか、みんな家から出なかったじゃないですか。あの時とか確かに(ゲームとかを)やってしまっていて。それで“調子悪いな”と思って、最近はやめています。

福住仁嶺:いまだにゲームをやっちゃいますね。もともと(視力が)1.5から2.0があって、昔もゲームをしまくっていて『ゲームをしているから目が良いんだ!』と思っていたんですけど、この歳になって一気に落ちちゃいましたね。……僕もゲーム我慢しないといけないのかな。それで、蓮は何を我慢しているの?

佐藤蓮:僕は我慢しないです!

野尻智紀:少しは我慢した方がいいんじゃない? 我慢を覚えることによって、レースでも我慢できることが増えるだろうからね。

佐藤蓮:なるほど……。

野尻智紀:そう考えると、日常の中で『これをしたいな』ということがあっても、それで少し考え方を変えて、自分の中に落とし込んで納得することがレースでは活きたりするのかなと思います。

福住仁嶺:それは僕も思いますね。何か我慢をするというのが、スゴい大事だと思います。それがメンタルトレーニングになっていますからね。例えば、家でも妻に言いたいことがあっても我慢をするとか……。

野尻智紀:それで溜まったストレスをレースで発散すると(笑)

高木真一:ってことは、ストレスを溜めてサーキットに来なきゃいけないのか?(笑)

一同:笑

高木真一:じゃあ、蓮もストレスを溜めて来ないといけないじゃん!

佐藤蓮:(苦笑)

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Q:みなさん、どんな高校生でしか?

高木真一:僕はピュアだったよ!

福住仁嶺:あれじゃないんですか?オーバーヘッドシュート!

野尻智紀:そうそう、それ!

高木真一:僕は山口県の本当に田舎のところで、中学生の時の全校生徒が100人くらいしかいなかったんですよね。

野尻智紀:部活は何やっていたんですか?

高木真一:テニスだった。もともと選択肢が卓球、陸上、テニスしかなかったんだよね。

野尻智紀:やっぱり、テニスは木のラケットでしたか?

高木真一:でも……木のラケットも、あったよ?ちょうどカーボンに切り替わるタイミングだったかな。

でも、スポーツはなんでもやっていましたね。それこそ、遊びでサッカーも、バドミントン、卓球もやっていたし……スポーツ万能でした!

福住仁嶺:あれ、東京オートサロンの時でしたっけ?

野尻智紀:そう。高木さんがその時にオーバーヘッドシュートをやったらしいんですよ。あれ、キャプテン翼でしたっけ?

高木真一:そう、キャプテン翼を見すぎちゃって“やらなきゃ”って思って……。当時(野尻と福住に)話したんだけど、シュートを決めるためには、良いパスを出してくれる人がいないといけないんだけど、それが、テニスでも一緒にダブルスを組んでいた友達で、相性が良かったです。

福住仁嶺:その、オーバーヘッドをしたという事実を僕たちに言いたかったらしくて、そこでわざわざ友だちに電話してくれましたからね!

野尻智紀:そう!そうだった!!

一同:爆笑

野尻智紀:僕は、実は高校を卒業していないんですよ。2年生まで行ったんですけど、レースに集中しようと思って、そう決断しました。

福住仁嶺:僕は通信の学校を卒業しましたね。

野尻智紀:じゃあ、仁嶺の方が(学歴では)全然上だなぁ。

福住仁嶺:でも、一番人生を考えた時期かもしれませんね。けっこう考えちゃう高校生でした。“ちゃんとレースをやらないといけない!”というのが、その時に出た答えでした。高校の時から真剣にレースをしていました。

佐藤蓮:僕は高校時代が最近の話ですね。高校1年でスクールに入って、頑張っていました。高校3年の時はギリギリで卒業しましたね。最後のテストで、あと10点低かったら卒業できなかったです。あとはサッカーとか陸上とか、アイスホッケーとかやっていました。最初の方はけっこう意識高く何でもやっていたんですが、高校2年の終わりくらいにうまくいかなくなって、そこで部活も全部やめてレースだけになりました。

Q:おうち時間は何をして過ごしていますか?

野尻智紀:基本的に引きこもりなんで、コロナ禍だからどうこうというのは、あまりなかったです。逆に家にいて良いということになったから、楽でしたね。どこに行かなきゃいけないと、誰に会わなきゃいけないとか、そういうのがなかったので、めちゃくちゃ楽でした。基本、夜も外でご飯を食べることはほとんどなかったですし、お酒も飲まないので、ステイホームになったからと言って、僕の中で変わったことはなかったですね。なんか時代が追いついてきた感じがありましたね(笑)僕は普段から花粉症だし鼻炎もあるので、マスクもよくつけていたんですよね。でも、今はマスクをつけるのが基本になっているから、それが今では当たり前になっていますから。

高木真一:僕は逆にアウトドア派だったので、家にいても“何かしなきゃいけない”という気持ちになっていましたね。だから、車を1日3回洗車したりとか、家の大掃除をやったりとか、とにかく身体を動かしていないと落ち着かない感じでしたね。

福住仁嶺:あとは、ステイホームになって、シミュレーターを家に設置したり、家に置けるフィットネスバイクを買ったくらいですかね。

野尻智紀:それは僕もやった!

高木真一:ジムも休館になっていたので、家の中でやるしかなかったからね。

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Q:レースの日のルーティーンを教えてください

福住仁嶺:レース前に“トイレに行く”ですね。

高木真一:確かにレース前にトイレに行く人は多いかもしれないですね。

佐藤蓮:シートベルトを締めるとトイレ行きたくなりませんか?

野尻智紀:それは一番よくない。

福住仁嶺:そうならないために皆行っているんだよ。

佐藤蓮:なんか、冬場ほど行きたくなりませんか?夏はそうでもないんですけど。

高木真一:でも、脱水症状にならないように、思いっきり水を飲んで乗り込んだら、レース中ずっと行きたくなって、ヤバイと思った時がありました。ちゃんと済ませたからレースに行かないとダメだなと思いましたね。

野尻智紀:ルーティーン……。朝起きたら、お風呂に入りますね。

福住仁嶺:よく、そんな時間ありますね。

野尻智紀:お風呂に入る分、早起きして、というか勝手に起きちゃうことが多いかな。普段の生活でも朝入るときはあるけど、レースの時はだいたいそうですね。

高木真一:血行が良くなるしね。

野尻智紀:僕は“眠気を覚ます”みたいな部分が大きいですね。

佐藤蓮:僕はサーキットに来てから縄跳びやってます。

野尻智紀:そういえば、やってるね。

佐藤蓮:でも、準備運動として跳ぶのは良いらしいんですよ。陸上選手も走る前に跳んだりしていますからね。

野尻智紀:じゃあ、今度みんなで大縄跳びやるか!

一同:笑

佐藤蓮:いいですね!メカニックさんも含めてみんなで!

野尻智紀:本当に、メカニックさんこそ、ピット作業の前とかに、そういう準備運動みたいなのはやった方が良いと思うんですよね。だから、良いかもしれない。

福住仁嶺:僕はルーティーンは……特にないですね。そういうのを作って、逆に裏切られちゃうと落ち込んでしまうので。期待していると、うまくいかなかった時の落ち込み度合いも大きいので、何も考えないようにしていますね。

Q:一番記憶に残っているレースは何ですか?

佐藤蓮:僕はFIA F4のSUGOラウンドですね。雨上がりのコンディションで、みんなウエットタイヤを履いているなか、僕一人がスリックタイヤを履いていきました。その作戦は大成功で、全員追い抜くことができたんですけど、イエローフラッグ無視をして、40秒加算のペナルティを受けて、結局負けました。それが一番(脳裏に)焼き付いています。

野尻智紀:それで、何位だったの?

佐藤蓮:8位でした。

野尻智紀:惜しい。

福住仁嶺:僕はF2の時のシルバーストン(イギリス)の大会で、一度も走らずにサーキットを後にしたことが一番覚えていますね。

高木真一:なんで?

福住仁嶺:レース1もレース2もトラブルだったんですよ。

野尻智紀:何のトラブルだったの?

福住仁嶺:レース1は電気系のトラブルで走れなくて、レース2はグリッドに向かう途中にラジエーターに穴があいて、スタートできませんした。

高木真一:……それ、レースしていないじゃない?

福住仁嶺:そうなんですよ。レースをしていないから覚えているんですよ。それ以外もF2の時は色んなことがあって……記憶に残っていますね。

野尻智紀:それで言うと、仁嶺から聞いたレースの話が印象に残っていますね。

福住仁嶺:そういう意味で言うと、スーパーフォーミュラのSUGO大会は逆に何も起きなかったので、それはそれで印象に残っていますし、あとは全日本カートでチャンピオンをとった時ですね。あの時が『そこでダメなら(レース人生は)終わり』と言われていたので。

野尻智紀:僕は色んなレースが記憶に残っていますけど、富士でARTAでダブルウィンができた時ですね。あれが僕のGT500初優勝でした。あと、僕もカートでチャンピオンをとった時のレースは記憶に残っていますね。でも、一番と言われるとけっこう難しいですね。

高木真一:僕も仁嶺と同じじゃないけど、ここで結果が出なかったら最後というレースですね。ガライヤで走っていた時、2004年だったと思います。ガライヤを作ってずっと勝てなくて、切羽詰まっていたんですが、十勝でのレースでようやく勝つことができました。そこが、昔の話なのに覚えていますね。

野尻智紀:なんだかんだ、鮮明に覚えているレースはいっぱいありますね。

ドライバー本人達から「また是非やりたい!」とリクエストがあったほどに楽しみながらの回答となった“素朴な疑問”。

また機会があれば、一問一答コーナーを設けたいと思っていますのでお楽しみに。

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