そして、クレーンが準備された。
午後6時半、新しいエンジンがようやくクレーンの近くへ…
クレーンの紐をエンジンに巻き、「せーの」の掛け声で、メカニック全員で支えながらエンジンを一旦持ち上げる。
下敷き代わりの木材が抜かれる。木材が、1枚、コトリと床に落ちた。 邪魔にならぬよう注意を払いながら、そっと元あるところに戻してみた。
他のメカニックが支える中、大木メカニック(GT300チーフメカニック)がエンジンの下に、言葉通り「潜り込む」。
配線などのボルトを1度触る必要があるためだ。
とてつもなく重そうなので、エンジンがもし、今このタイミングで落ちたら…と固唾を呑んで、見守る。
そして少し作業が進んだところで、潜り込んだ大木チーフが自分の足先にいるメカニックに向かって指示を出す。
「今のうちに、木、綺麗に整えて!」
もう少し作業が進んだら、エンジンをその木の上に載せるためだ。
配慮が足りなかったな、と反省する…。
潜り込んだまま、作業は続く。
作業のさなか突然「GPS信号が、失われました」とまるでカーナビ音声のようなアナウンスが流れた。修復作業とはまったく関係のないアナウンス。
誰もが集中し、エンジンを支える中での、そのあまりにも不自然且つ唐突なアナウンスは、「失われたの?(笑)」「なんで急に」と、ちょっとした笑いをもたらし、はりつめていた場の空気は、少しだけ緩んだ。
後から聞けば、エンジニアのスマートフォンから急に流れたものだという。
潜り込んでの作業が終わったので、エンジンは一度置かれ、また作業は進む。
午後8時、新しいエンジンが、載った。
「…ふぅ」と一安心はしたものの、区切りでしかないので、ここからまた組み上げだ!と、気持ちを奮い立たせたそう。
終わると思っていた作業時間からは6時間超過の、なんと、日を跨いだ午前3時。
ようやく、すべてが完了したという。
影の立役者
そして翌日。
55号車NSX GT3は大湯・松下コンビの最後尾29番スタートから怒涛の22台抜きを果たし、7位でフィニッシュした。
メカニックが繋げたからこその、この結果。
宮田カメラマン(ARTAオフィシャルフォトグラファー)がこう言っていた。
「僕はこのガレージを、舞台だと思っている。」
修復という舞台裏、正に影の立役者を見た。