大ベテラン伊与木仁に訊く、“エンジニアリング今昔物語”。技術の進歩が超僅差の戦いを生んだ | ARTA

2022.9.30

2022.9.30

大ベテラン伊与木仁に訊く、“エンジニアリング今昔物語”。技術の進歩が超僅差の戦いを生んだ

2022年SUPER GT第4戦富士からARTAに合流し、8号車ARTA NSX-GTを担当する伊与木仁エンジニア。彼はまだレース界に“エンジニア”という肩書きが確立されていない1980年代初頭、富士グランチャンピオンレースで高橋国光が駆るロイス・RM-1のメカニックを務めた経験もあり、その後はF1挑戦前のARTA鈴木亜久里監督と共にヨーロッパに渡るなど、その豊富なキャリアは40年を超える。

 技術の進歩と共に変革を続けるレース界に長きに渡って携わってきた伊与木エンジニアに、レースエンジニアリングの過去と現在について語ってもらった。

「(昔と変わった点は)どこと言われても、ひとつふたつではありません。全てにおいて変わっていると思います」

「今はウインドトンネル、風洞がありますよね。ムービングベルト付きの風洞など、昔では想像も付かなかったものです」

「また今はデータロガーを使ってクルマのありとあらゆる状態をピット側で把握することができ、クルマが何を必要としているかを探し出すことができます。昔はダンパーのシャフトにタイラップやOリングをつけて、どのくらいストロークしているかを確かめたり……そんな感じですよ」

「あとものすごく変わった点は、シミュレータがあるところです。某ドライバーアカデミーのシミュレータなんかは、ドライバーの頭にヘッドギアをつけて、脳の圧力などをセンシングして、右脳を使っているか左脳を使っているかなどをチェックしているそうです。驚くような内容ですし、そういったことは昔では全く想像がつかないものでした」

 伊与木エンジニアの言うように、数十年前までは風洞やデータロガーやシミュレータもなく、車両の状態などについて客観的な数値やデータで把握することが難しかった。そのため、ドライバーのフィードバックも各々の感性に頼った部分が多く、そのフィードバックを受けてセットアップ作業をするエンジニアも“ほとんどが感性”での作業だったという。

 逆に現在はデータを駆使した極めて緻密なエンジニアリングが各チームで行なわれている。「昔は1度や2度、何なら3度という(調整幅の)世界。今はウイングが0.5度、車高は0.5ミリ(単位の調整)ですよ。昔では考えられない」と語る伊与木エンジニア。「レギュレーションでデータロガーを禁止にしたら絶対チャンピオンになる自信はあるんだけど(笑)」と冗談めかして笑う。

 こういった現代のエンジニアリングは、車両そのものの進化があってこそ為し得るものだとも言える。アルミやFRP(繊維強化プラスチック)が主流だったものが、カーボンが多用されるようになったことで剛性が高まり、微量の調整に対して車両が“きちんと”反応するようになったのだ。

「昔は走っている時の変位が大きかったはず。ダウンフォースやドラッグを受けると形が変わっていたと思います。アルミなんて、走ったらぐにゃぐにゃっとなっていたと思うよ(笑)」

 上記のように、技術の進歩と共により緻密な世界となったモータースポーツ。それを最も顕著に表しているのが、現在のトップカテゴリーにおける各チームの予選パフォーマンス差の小ささだと伊与木エンジニアは言う。

 数十年前のレース界では、世界最高峰のF1でもトップと中団以下のグループとの差は1周あたり3〜5秒ほどあった。しかし現代では、トップと中団グループの差は1〜2秒程度に収まることが多く、中団グループ十数台がコンマ数秒差の中に収まることもしばしばだ。先日行われたSUPER GT第5戦鈴鹿でも、GT500クラスの予選Q1でトップから最下位までわずか1.041秒差という大接戦が繰り広げられた。

 そういった背景もあってか、前年に活躍したドライバーやチームが、ほんのわずかなボタンのかけ違いから突如として上位争いに絡めなくなるというケースもよく見られるようになった印象を受ける。「今は例えば空力だけうまくいっても、それだけではトップには行けない。全てが繋がっていますからね」と伊与木エンジニアは言う。

 このように、ありとあらゆるものが時代と共に変化していったレース界。ただ、今も勝負師としてARTAで戦う伊与木エンジニアは、いたずらに懐古に浸ろうとはしない。

「でも、レースってそんなものです。『昔は良かったな』と思うようになったら、そこが辞めどきかもしれないですね」

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