RUN AGAINST THE WIND「強い向かい風の中で」
速さを見せながらも結果に結びつかなかった鈴鹿の悔しさから3週間。
ARTAはツインリンクもてぎへとやってきた。
予選は霧雨に見舞われながらの走行となったが、GT500クラスを戦う8号車ARTA NSX-GTは福住仁嶺が3番手タイムを刻んで見せた。GT300クラスを戦う55号車ARTA NSX GT3はQ1で5番手につけていたものの、Q2はドライタイヤでの走行となってしまい高木真一がなんとか10番グリッドを確保するのが精一杯だった。
後方からのスタートとなってしまった55号車は、硬めのタイヤをチョイスしていたため決勝が暑いコンディションになることが挽回のチャンスだった。
しかし決勝を前に空は雲に覆われ、気温は30度にも達しない。タイヤの温まりは悪く、不利な展開となってしまった。
スタートで2つポジションを落とし、エンジニアの岡島慎太郎は高木にプッシュを求めるがペースはあまり上がらない。
岡島「今トップのプリウスは50秒5、高木さんは51秒7です」
高木はブレーキの問題を抱えていた。
高木「ヤバい、ブレーキが効かなくなったなぁ」
岡島「了解」
高木「最初4でいってたんだけど今3にした。ほんのちょっと良くなったかなっていうくらいで、ブレーキは結構ツラいね」
岡島「了解、2も試してみてください」
高木「ちょっと内圧が高かったかもね。リアも0.5くらい高い気がする」
エグゼクティブアドバイザーの土屋圭市も心配そうに高木に状況を確認するが、ペースを落とす余裕は今の高木にはなかった。
土屋「真一、ブレーキを冷やしてもダメかな?」
高木「前がメッチャペースが良いから、ついていこうとするとラインを外すとかブレーキを冷やすとか無理なんですよね……」
土屋「ブレーキパッドだと思う? ABSだと思う?」
高木「パッドのバイトがないんで、タイヤはまだ生きてると思うんですけど内圧が高めなんでそれも影響しているかもしれないですね」
55号車はコンディションが狙いから外れてしまい、ペースが上がらない。
唯一の可能性は、タイヤ無交換作戦でピットストップ静止時間を短くするのに賭けることしかなかった。そのためタイヤを酷使することもできない。そこへブレーキの違和感も飛び出したのだから、たまったものではない。
10周目にセーフティカーが入り、タイヤ内圧が下がったことで一時的にフィーリングは良くなる。
高木「ターン1〜2はアンダーになってるし、小さなコーナーは良いんだけどV字は結構曲がらなくなっちゃってる
岡島「ペースは51秒1、トップと同じなんで悪くないです」
高木「内圧が低いと悪くないね」
岡島「タイヤの無交換はできそうですか?」
高木「やるしかないなぁ」
岡島「了解です」
高木「追い付いちゃった。みんな曲がってないね」
土屋「真一、そろそろチャンスだよ。周りもペースが落ちてきてる」
本来ならばベテランの高木が第1スティントをもう少し引っ張ってから新人大湯都史樹にバトンタッチしたいところだったが、前をペースの遅いクルマに塞がれてしまった。そこでタイムロスするよりも、ピットストップを決断した。
岡島「高木さん、周りがピットし始めたのでプッシュ!」
高木「だから、GT-Rがいるから無理なんだよ。ペースが上がらないよ」
岡島「了解、この周ピットインしましょう。タイヤは無交換で行きます」
一方、GT500クラスの8号車ARTA NSX-GTは野尻智紀がステアリングを握ってスタート。
こちらもタイヤの温まりに苦労することは想定通りだったが、スタートではポジションをひとつ落としただけでなんとか踏みとどまった。エンジニアのライアン・ディングルからは最低限の無線のみで、野尻はドライビングに集中する。
ディングル「野尻、内圧が低いのでできるだけタイヤにエネルギーを入れてください」
野尻「了解」
10周目のV字コーナーでGT300クラスのマシンに接触され、そのマシンがさらに他車にもクラッシュしたためセーフティカーが導入された。
ここで野尻はマシンの違和感を訴える。
接触によるものではなく、それ以前からそれを抱えていたという。
ディングル「SCです、クルマは大丈夫? ちょっと当たったよね?」
野尻「当たったけど、とりあえず真っ直ぐは走ってる。ただピックアップのせいなのか分からないけど、ステアリングが全然真っ直ぐに向かないんだよね。ちょっとアライメントがズレているような感じが5〜6周前からしてた」
ディングル「了解です。クリーンエアの時はトップと同じタイムで走れているから、頑張ればいけるよ」
野尻「本当に真っ直ぐ走らないのって何かおかしいのかなっていうくらいの感触がある。低速の時は普通なんだけど、高速になると出る。めちゃくちゃ危ない。ピックアップだったら良いと思ってずっと走ってたんだけど……」
ディングル「外から見る限りではダメージはないね。頑張るしかないね。タイヤの状況は?」
野尻「タレは感じてない」
14周目にレースが再開されてもマシンの違和感は直らず、野尻のペースは上がらない。
8位までじわじわとポジションを落としていき、当初の予定通り23周目にピットインをして福住にドライバーチェンジを行ない、再びコースへ。
真っ直ぐ走らないマシンをなんとかコース上に留めて走るが、そのせいもあってか27周目のヘアピンで追突され、大きくダメージを負ってしまう。
福住「あ〜、当てられた! 何だよ、マジで!」
ディングル「BOX、BOX」
ピットに戻ったマシンをメカニックたちがチェックするが、これ以上の走行ができないことは明らかだった。
予選3位の速さがあったにもかかわらず、鈴鹿に続いてリタイア。思うようにレースができない悔しさが続く。原因不明のトラブルとはいえ、これを究明し乗り越えるしか前に進む方法はない。
一方、GT300クラスの55号車ARTA NSX GT3は、23周目に高木をピットへと飛び込ませて大湯にドライバーチェンジを図る。
しかし同じタイミングでピットインするマシンが多く、スペースが不充分なため斜めにマシンを停車させて作業を行なう“ダイブ”を急きょやらなければならなくなった。
そのためピット作業終了後にメカニックがマシンをプッシュバックしなければならず、ややタイムロスを喫してしまったものの、17番手でコース復帰した大湯は各車がピットストップを終えると9位まで浮上した。
岡島「高木さんから、1コーナーは1速じゃないと曲がれないから気をつけて。まだ30周近く走らなきゃいけないからタイヤをいたわってね」
大湯「了解」
岡島「焦らずに落ち着いて1台ずつ確実に抜いていこう。今実質の順位は9番手。トップとのギャップは20秒。トップは51秒6、大湯は52秒7。後ろ21号車は同一周回だから気をつけて」
大湯「あぁ、かなり苦しい」
タイヤ無交換で59周を走り切る戦略は、ドライバーにかなりの負担を強いる。さらにはブレーキの効きも悪くなっていて、タイムを稼ぐことのできるエリアが少ない。
それでもセッティングとコンディションが大きく外れてしまった55号車にできるのはこの戦略に賭けることだけだった。
42周目にアクシデントで再びセーフティカーが入り、大湯はここで一息つく。
大湯「ブレーキもタイヤもかなり厳しいですね。できる限り冷やすようにします」
土屋「ブレーキはフェード気味になるってこと?」
大湯「若干フェード気味になってます」
岡島「ここからペースを上げて前を抜くのは厳しいと思うから、後ろのクルマに抜かれないように頑張ろう」
大湯「了解です」
岡島「高木さんから、SC明けの方がタイヤの内圧が低くてペースが結構良かったから、SC明けはまたグリップが回復するかもしれないから」
土屋「大湯、今できることはタイヤとブレーキを冷やすことだけ。それしかできないけど、頼むよ!」
大湯「了解です」
47周目にリスタートが切られ、タイヤとブレーキが冷えたため最初はトップと同等レベルのペースを刻むことができたものの、徐々にまたタイヤのブレーキの性能低下は進んでいく。
一度は10位までポジションを落とすが、前走車の自滅によって再び8位でチェッカーを受け、さらにはピット作業違反でペナルティを受けたマシンがあったため最終結果は7位。
圧倒的に苦しい状況の中で、粘り抜いてしっかりとポイントを持ち帰った意義は大きい。鈴鹿で我慢しきれず追突してしまった教訓をしっかりと生かしたレース運びだった。
岡島「ポジション8、なんとかポイントが獲れた、ありがとう」
土屋「大湯、よく頑張ったよ。ホントよく頑張った」
大湯「いやぁ、疲れるレースでした。ブレーキもかなりキツかったけど、タイヤは前も後ろも結構限界でした。次、頑張りましょう」
岡島「よく粘ってくれた、ホントに助かった」
8号車はトラブルの前に為す術なくリタイアを余儀なくされたが、55号車は苦境の中でも最大限の結果を掴み取った。タイトル争いを考えれば、追い風の時に好結果を手にするだけでなく、向かい風の時にも大きく崩れることなく競争力を発揮しなければならない。高木と大湯が見せたのは、まさにそんな走りだった。
次は追い風が吹くことを願い、そしてその勢いを背に最良の結果を掴み取らなければならない。