REACHING OUT FOR THE TOP「不運に見舞われるも収穫を得た富士」
開幕戦から3週間。スーパーGT選手権は再び富士スピードウェイへと集結し、第2戦が行なわれる。開幕戦の表彰台の頂点に立つことができなかったチームにとっては、再び同じサーキットでリベンジを果たすチャンスが
与えられたようなものだ。もちろん、ARTAのメンバーたちもそのつもりだ。
開幕戦では速さを見せながらも、予選の巡り合わせや決勝でのセットアップ不足やペナルティによって実力を結果に繋げることができなかった。この第2戦こそは結果を手に入れなければならない。
GT500クラスを戦う8号車ARTA NSX-GTは、野尻智紀が予選で好アタックを決めてポールポジションを獲得してみせた。前回の敗因であったセットアップを見直して確認したフリー走行も4番手だっただけに、期待が高まる。
8号車は福住仁嶺がステアリングを握ってポールポジションからスタート。
気温が高くなったコンディションの中で福住はリードを守っていくが、次第にタイヤのグリップが落ちてくる。同じNSX-GTの17号車が背後に迫り、テールトゥノーズのバトルになっていった。
レースエンジニアのライアン・ディングルが福住に尋ねる。
ディングル「タイヤはどんな感じ?」
福住「少しずつ落ちてきている」
ディングル「17号車の方が苦しんでいるはずだから、頑張って。ここまでは良い仕事をしているよ」
福住「いや、17号車の方が速そうだよ。後ろのグリップがないから、セクター3でリアが厳しくなってきてる」
ディングル「了解です。できることをやりましょう。17号車も映像を見るとセクター3はリアが厳しそうだから、頑張って」
8号車とは異なるタイヤを履く17号車は、得意なセクターが異なる。福住は得意な部分を生かし、なんとか首位を守ろうと努力する。
しかしブレーキングのフィーリングが悪化してしまい、ついに15周目のコカコーラ・コーナーで抜かれてしまった。
ディングル「情報としては、ウチはセクター3が0.1〜0.2秒速い。17号車はセクター1が0.1〜0.2秒速い、セクター2は大体同じ」
福住「ブレーキが全然勝てない!」
ディングル「了解、自分のベストを尽くして走りましょう。後ろは12号車。トラフィックのないときのペースは30秒6。だから仁嶺のペースの方が速いから頑張って。あと、17号車の給油時間はウチより長いから、このギャップがキープできればピットストップで逆転できるからね」
ピットストップで給油に掛かる時間が短い8号車は、その分だけマージンを持っているのと同じだ。抜かれて2位に落ちたとしても、このギャップをキープできればピットストップのあとには再び前に出る計算になる。
ディングル「17号車はセクター3でかなりリアがスライドしているから頑張って。ギャップ1秒、後ろ12号車とのギャップは10秒。17号車と戦っているので、17号車がピットインしたらウチは少し引っ張ってオーバーカットを狙います」
福住「後ろは何秒差?」
ディングル「後ろは15秒差。17号車とは3秒差。30秒後半のペースが維持できれば、あと9周でピットに入れます。
頑張ってプッシュ、プッシュ」
福住「了解」
ディングル「17号車がこの周ピットインします。しばらくクリーンエアが続くので、プッシュ出来ればピットストップで17号車の前に出られるよ。プッシュ、プッシュ。グッジョブ」
後ろは気にする必要がない、トップ2台の独走態勢。ディングルは17号車がピットインしてから5周長く引っ張ってから福住をピットへと呼び入れ、野尻へとドライバーチェンジを行なった。
野尻が乗り込んだ8号車は、首位だった17号車の前でコースへの復帰を果たした。ここまでは計算通りの展開だった。
しかし計算よりもギャップはやや短く、野尻のタイヤにしっかりと熱が入り内圧が上がりきる前に17号車が背後に追い付いてきてしまった。
なんとか抑え込む野尻だが、ダンロップコーナーの立ち上がりでスピン。意地の優勝争いだったが、冷えたタイヤでの無理なバトルは無念の結果に終わってしまった。
野尻「リバースにならない!」
ディングル「少し待って……」
スピンした野尻はリバースギアに入れてコースに復帰するのに手間取った。基本的に前に進むことしか想定されていないレーシングマシンは、安全のためリバースギアに入れるにも一定の手順がある。
ディングル「クラッチを踏んで、ニュートラルボタンを押してシフトダウンするとリバースになる」
この間に野尻は大きくタイムロスをして後退。実質的にここでレースは終わってしまった。
ディングル「クルマにダメージがなさそうだったら、ゆっくりタイヤをウォームアップして最後までしっかり走りましょう。クルマは大丈夫そう?」
野尻「はい」
ディングル「残り25周。ターゲットは31秒前半。トップは31秒0くらい。これ以上ペースが上がらないんだったら、別のタイヤに履き替えてテストしようと思うけど、どう?」
野尻「ピックアップがあるけど、それが取れればもう少しペースが上げられそうな感じはある」
ディングル「了解です。ピックアップのせいでペースが上がらないんだったら、次の周にピットインしてタイヤを換えましょう」
ディングルはすぐに頭を切り替え、次に向けたテストを行なうことを考えていた。上位浮上のチャンスがないなら、この走行機会をテストに充てた方が良い。新型コロナウイルスの影響で開幕が遅れ、テストも充分とは言えず、データもまだしっかりと集め切れてはいないからだ。
ディングル「野尻、残り16周。もし別のタイヤを試したかったらピットインできるけど、どうしますか?」
野尻「ずっとピックアップはあるんで、タイヤを換えても良いかなと思います」
ディングル「17号車が前半に使っていたタイヤを履いて最後の15周を走ってみようと思います」
野尻「了解」
優勝した17号車が使っていたタイヤのデータをしっかりと収集し、3周遅れの14位でフィニッシュ。悔しいが、置かれた状況の中でやれるだけのことをやるしかない。
ディングル「お疲れ様でした。鈴鹿で取り返しましょう。優勝を目指しましょう」
野尻「ごめんなさい」
ドライバーとしての難しさを良く知るだけに、鈴木亜久里総監督も野尻をフォローしながら、次戦へ向けたリベンジを誓った。
「充分に温まっているタイヤでは非常に良いペースで走れていたけど、冷えたタイヤで順位を守り抜こうとするのはとても難しいこと。タイヤがコンディションに合っていたかどうかも関係があるかも知れないので、次に向けて解析してまたトップ争いをしたいね」
55号車は3位表彰台を獲得し、8号車もポールポジション獲得と優勝争いという力を見せた。
ともにトップを争い、昨年と同じようにシーズンを通してチャンピオンシップに挑む速さがあることは証明してみせたのだ。
手応えは得た。次の鈴鹿こそ、結果が求められるときだ。