NEVER BE SATISFIED「絶対に満足しない」
第2戦富士では表彰台に立ったが、まだ勝利はない。GT300クラスのタイトルを目指す55号車ARTA NSX GT3にとって、後半戦に入る第5戦富士では優勝の2文字が是が非でも欲しかった。
予選Q1は大湯都史樹がトップタイムを刻んでみせたが、予選Q2は急激な路面温度の下降に苦しめられ、高木真一がアタック1周目を断念。残り5秒で辛くも最後のアタックに入り、温まりきっていないタイヤでなんとか12番手タイムを記録した。速さはあったものの、チームとしてコンディション変化に対する戦略をミスしてしまった。
決勝では気温21度、路面温度は29度とその心配はない。スタートドライバーを務める高木に、土屋圭市エグゼクティブアドバイザーとエンジニアの岡島慎太郎が直前のインフォメーションを無線で伝える。
土屋「真一、いつもより集中してください!」
高木「はい、いつもより頑張ります」
岡島「いや、いつもどおり行きます」
土屋「頼みますよ、風は追い風だよ」
高木「昨日とは逆ってことですね」
土屋「そう、昨日と逆だからね。前のクルマに(追い)風を受けさせないようにね」
スタート直後にデブリが散乱してセーフティカー導入となるが、レースが再開すると高木はARTA NSX GT3の本来の速さを発揮して次々とポジションを上げていく。しかしマシンのフィーリングは決して順調ではなかった。
高木「セクター3、めっちゃオーバー」
岡島「了解です、内圧が上がるまでは頑張りましょう」
高木はリアタイヤの挙動に苦戦し、その影響で曲がりくねったセクター3で前走車に追い付けない。そうなるとその後のメインストレートでオーバーテイクが難しくなる。
岡島「高木さん、2号車よりウチの方がストレートで3km/h速いから抜けるよ」
高木「いやぁ……セクター3で結構手こずってるよ」
岡島「ギャップは1.5秒」
高木「これむっちゃリアがロックするな」
それでも高木は8位までポジションを上げ、膠着状態から脱出するために岡島は20周目にピットインを決断した。
大湯にドライバー交代をし、25番手でコース復帰。ライバル勢が使い込んだタイヤでまだ走行を続ける中で、クリーンエアでプッシュしてアンダーカットを狙う作戦だ。
岡島「大湯、今前がクリアだからここはプッシュだよ、プッシュ!」
新人の大湯には、高木が第1スティントで得たマシンのフィーリングとそれへの対処法が逐一伝えられる。これが55号車の速さを押し上げ、さらに新人ドライバー大湯の成長にも繋がっていく。
岡島「グリップが減ってきたらリアのブレーキロックが激しくなるから、その時はブレーキバランスを2回転前にして」
土屋「大湯、メッチャペース良いよ、速い!」
大湯「頑張りま〜す」
岡島「6号車を抜けたら前はかなりクリアだよ。ストレートはウチの方が2km/hくらい速いから、落ち着いて抜こう」
その作戦はピタリとはまり、ライバルのピットストップもあって大湯は次々にポジションを上げていき、40周目には4位まで浮上してきた。
岡島「いいぞ、大湯! グッジョブ! クルマのバランスはどう?」
大湯「入口はちょっとオーバーだけど出口はアンダー」
土屋「大湯、ペース良いぞ、速いぞ!」
大湯「ピックアップし出してる気がする。ブレーキバランスを前寄りにします」
大湯はタイヤにラバーが付着してグリップが落ちたとフィーリングを報告してくる。しかしブレーキバランスを自主的に調整して対処する術もしっかりと身に着けている。
大湯「ピックアップちょっと取れた」
岡島「了解、前の52号車が1周1秒近く遅いから、頑張れば最後に追い付けるよ」
大湯「了解」
岡島「今のペースなら最終ラップか1周前に追い付くからね。頑張ってプッシュしていこう」
大湯『了解、プッシュします」
大湯は前の3台を追いかけていき、ギャップを縮めていく。残り周回数との戦いになるが、計算上はギリギリ追い付く。大湯の走りに、ピットウォールの土屋と岡島もヒートアップしていく。
岡島「残り3周、まだチャンスあるよ」
土屋「2台でやり合ってるから、絶対チャンス来るからな!」
岡島「いいぞ大湯!」土屋「残り2周、集中して! 格好いいぞ!
残り2周で一気に2台を抜き、2位へ。最後は最終コーナーからフィニッシュラインまでの加速競争になった。
岡島「コントロールラインは1つめのブリッジだよ!」
大湯「最終コーナーの手前で抜きました!」
岡島「オッケー、オッケー! よく頑張った! ポジション2! 65号車の前でフィニッシュできたんだから上出来!」
土屋「大湯劇場! カッコ良かったぞ!」
大湯「ありがとうございます!」
土屋「大湯、泣くな!」
大湯「嬉しすぎます。こんな良いレースができるなんて思わなかったです」
土屋「よく頑張ったよ、めっちゃカッコ良かったぞ!」
目指していた優勝には一歩届かなかったが、それでも絶望的な状況からここまで挽回してみせた。その強さと安定感こそ、タイトルを争うために必要とされるものだ。
「真一が安定したレース運びで大湯につなぎ、勢いのある大湯は一気にポジションを上げて表彰台を獲得して、本当に見応えのあるレースだったね。エンジニアやメカニックも本当に良くやってくれた。お客さんがいる前でこういうレースが出来たのは本当に嬉しいね」
土屋アドバイザーも2人のドライビングにご満悦。これで選手権上でも17点差のランキング5位まで浮上した。
この強さと安定感を後半戦全てのレースで維持することが、頂点への挑戦に繋がる。ここで現状に満足するのではなく、さらに上を目指して。ベテランの高木と新人大湯のコンビが、ここからどこまで飛躍していくのか楽しみだ。