今シーズン、SUPER GTのGT300クラスで55号車ARTA NSX GT3をドライブする高木真一。同シリーズの参戦歴は20年以上に及ぶベテランだ。
もちろん、20年の間に数々のマシンで戦ってきたのだが、昔と今のマシンは、どういった部分が違うのか。ドライバーの目線でマシンの操作性などの進化について聞いた。
今のマシンは、ドライビングがすごく楽になった
「全日本GT選手権時代の頃は、いわゆるJAF規定の車両しかなかったんですが、今ではJAF車両に加えてGT3車両も出てきています」
「基本的に大きな違いとしては、ギアがパドルシフト(ステアリングの背面に指で操作するレバーのようなスイッチがあり、それでギア操作をする)が導入されて、今ではそれが主流になっています」
そう語る高木真一。以前はシフトチェンジの際にクラッチを踏むことはもちろんのこと、アクセルを少し踏んでエンジンの回転数を調整する必要があった。少しでもミスをすると即トラブルにつながるということもあり、ドライバーたちは非常に神経を尖らせていたという。
「以前はシーケンシャルのギア(シフトレバーを前後に押し引きすることで、ギアの変速を行うもの)で、回転数を合わせながらシフトダウンをしなければいけないんですけど、パドルシフトの場合は、それがないので、ドライビングスキルという点ではすごく楽になっています」
さらに現在のGT3車両にはABS(アンチ ロック ブレーキ システム)などの電子制御も備わっており、ドライビングがかなり楽になったという。
「トラクションコントロール(加速時のアクセルオンによるタイヤの空転を抑制する装置)やABS、あとはパドルシフトがついたことで、ドライビングは非常に簡単になりました。誰でも壊さずに走れるようになりましたし、スピンもしづらくなったと思います。操作に関しても常にステアリングを両手で持った状態で走れていました」
「ただ、ドライバーの腕の差が出にくくなったのも事実です。ブレーキングの時も、今はABSで全部コントロールされてしまいますからね」
高木真一は、これまでARTAで様々な車両で参戦してきた。なかには苦楽をともにした思い入れの1台もあれば、ハイブリッドのレーシングカーでパワーの使いどころに試行錯誤した1台など、その特徴は様々。次項では、それぞれの車両のエピソードを振り返ってもらった。
高木真一が振り返る『ARTA Galaiya』
オートバックス・スポーツカー研究所が開発した2ドアスポートカーをベースにした車両で、全日本GT選手権に2003年から2005年まで参戦。SUPER GTに変わってからは2007年から2012年に渡ってGT300クラスで活躍し、通算7勝を挙げた。
「ガライヤは僕も一番長く乗ったクルマです。オートバックスが独自で作ったクルマで、開発にも携わらせてもらいました。一番思い入れもありますし、ル・マン24時間レースでも走っていそうなシルエットで、カッコよかったですね」
「誰が見てもレーシングカーっぽく見えるクルマだったのかなと思います。やっぱり全長が大きかったということもあって、すごく乗りやすかったです」
「ガライヤに関しては、最初に作った時からアップデートもして、どんどんレーシングカーになっていた1台ですね。強いて言えば、あのクルマでチャンピオンを取れなかったのが、今でも心残りですね」
高木真一が振り返る『ARTA CR-Z GT』
ホンダが製作したスポーツカーをベースにした車両で、市販車同様にハイブリッドのシステムが導入されていた。2013年から2015年まで戦い、計4勝をマークした。
「まず驚いたのが、参戦車両がCR-Zに変わってからパドルシフトとか、ハイブリッドシステムとか、とにかく新しいものがたくさん導入されて……『ここまで変わるのか?』と思いました。時代の流れを感じましたね」
「CR-Zは、何よりハイブリッドシステムがすごくて、今までのドライビングとは違って、頭を使って走らないといけないクルマでした。バッテリーとモーターの使い方を少しでも間違えると、タイムが変わってきたり、レースでも強さを発揮できなくなります」
「だから、毎レースごとにハイブリッドのパワーをどのタイミングでどうやって使うか、どこで充電するか、みたいなことをエンジニアたちと考えながらやっていました。ある意味で、(考えすぎで)頭がオーバーヒートしていました(笑)」
「予選の時は、ある程度シミュレーションできますけど、決勝の時は状況に応じて使うタイミングを決めなきゃいけなかったので、そういう意味では大変でしたが、うまくいった時はすごく面白かったですね。あのクルマは奥が深かったです」
高木真一が振り返る『ARTA M6 GT3』
2016年から2018年まで導入されたBMW M6 GT3。市販のBMW M6を彷彿とさせる大きな車体が印象的だった。特に富士スピードウェイでの速さは群を抜いており、この車両で挙げた4勝全ては、同地で勝ち取ったものだった。
実際に高木真一の話を聞くと、なぜ富士で強かったのか、その答えが垣間見えた。
「正直、最初の印象としては車体が大きいなと思ったんですけど、その分、車体下面のダウンフォースとかは大きそうだから高速コーナーが有利なのかなと思っていました。ただ、実際には全く逆というか、小さなコーナーも速くて、特に富士スピードウェイで言うところのセクター3がすごく速かったです」
「エンジンのトルクがあるので、2速から4速くらいまでの区間での伸びはすごく良かったですね。あのクルマは富士スピードウェイでは本当に強かったです」
「見た目は市販車っぽい部分もあるんですけど、中身は他のGT3と比べても、攻めた設計になっていたんじゃないのかなと思います」
高木真一が振り返る『ARTA NSX GT3』
今シーズンの参戦車両でもあるホンダNSX GT3。2019年から導入され、同シーズンには福住仁嶺と組んでシリーズチャンピオンを獲得した。前述のBMW M6 GT3と同じ“GT3規格”で製作されたマシンではあるのだが、その特徴は全く異なるようだ。
「NSXはミッドシップというだけあって、どこのサーキットに行っても、まんべんなく速いなという印象です。導入初年度となった2019年には全レースでポイントを獲ってチャンピオンも獲得できました。そこはサーキットごとで得意・不得意みたいないものが少ないというのが大きな要因だったと思います」
「あとは、車体はドラッグ(空気抵抗)が少ない形状になっているのかなと思います。だから、M6 GT3と違って、ストレートの最後の方でスピードが伸びてくる感じですね。だから、富士スピードウェイのメインストレートでも、NSX GT3とM6 GT3で速い部分が違います。そこはエンジン特性とか車体の特性の違いからきているんだと思います」
特に昨年、今年という視点で見るとARTAにはGT500クラスのホンダNSX-GT、GT300クラスのホンダNSX GT3の2台にスポットが当たっているが、過去にはこうした多種多彩な車両でレースに挑戦してきた。
そして、今では当たり前のようについている。パドルシフトや車内のエアコンなども、マシンの進化とともに導入され、ドライバーにかかる負担も少ないマシンへと進化している。
その分、コース上では0.001秒で勝敗が決するような緻密な戦いが毎回みられるようになったのも、こうしたマシンの進化が影響している部分もあるのだ。
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