見た目はほとんど同じ市販車のホンダNSXとARTA55号車 NSX GT3。5000万円以上の価格差があるという両車には、いったいどんな違いがあるのか。NSXを知り尽くす、鈴木亜久里総監督、土屋圭市エグゼクティブ・アドバイザー両名に、市販車とGT300車両の違いを解説してもらった。
■いかに速く安全に走るか。NSX GT3はそこに費用と手間が掛かっている
鈴木亜久里:一番の違いを説明すると、市販車は公道を安全に走る車。NSX GT3はサーキットで安全に早く走るための車。あくまで市販車のNSXをベースにしてるんだけど、NSX GT3はサーキットを安全に走るためにお金をいっぱいかけて改造してる。それが金額の差だね。
土屋圭市:レーシングカーには、リップスポイラーとかカナードとか、風を受けてダウンフォースを得るためのパーツが付いてるね。市販車のボンネットには穴はないけど、GT3のボンネットには穴があって、これもダウンフォースを作ってる。
確かに、地面すれすれに設置されたフロントスポイラーやボンネットダクト、リアスポイラーなどは、いかにもレーシングカーといった出で立ちだ。
土屋圭市:ほかにも、総監督が言ったように、ドライバーがケガをしないためのロールバー。これは市販車には不要なパーツだね。
やはり限界ギリギリのバトルを行うためには、車が安全であることが何よりも大切ということなのだろう。
土屋圭市:フロントフェンダー(上部)にはタイヤハウスの中の空気を抜くための穴が空いてる。レーシングカーのブレーキは、レース中600~800度にもなるから、その熱を抜かなきゃいけない。市販車はサーキットを走っても5~10周くらいかもしれないけど、レーシングカーは2時間走らなきゃいけないからね。
土屋圭市:前後のフェンダーも太いタイヤを履いてより踏ん張れるように、オーバーフェンダーになってる。あと、リアにあるエンジンにフレッシュな空気を送るための開口部も全然大きさが違うよね。市販車でもNSXは300km/h出るけど、レーシングカーは2時間も高い速度で走らなきゃいけないから、エンジン本体やオイルなんかも冷やして温度を下げてやんなきゃいけない。だから、市販車よりも大きくとられている。
鈴木亜久里:市販車はインタークーラーを冷やすのが主な目的だけど、NSX-GT3はブレーキ冷却用のダクトも引かれているから、その分開口部が大きくとられているね。
不必要な重さはすべてカット。軽さは武器になる
レーシングカーであるNSX GT3には、とにかくサーキットを速く安全に走るため、さまざまなパーツが変更されているのだ。
では、外化の見た目でもう少し細かな違いについてはどうだろう。
土屋圭市:実はブレーキが結構違う。NSX GT3は鉄のローターで4ポッド、市販車はカーボンローターで6ポッドだから市販車の方が値段は高い。市販車は絶対安全じゃなきゃいけないから、ある意味オーバースペックって言っても良いくらいのブレーキが付いてるね。NSX-GT3のブレーキは、小さいんだけど必要最小限で軽いものが付いてる。
土屋圭市:市販車に比べて、200kg以上軽くできているから、例え300km/h出るレーシングカーでも、このサイズのブレーキで大丈夫。ボディも全部カーボンでできていて、軽さはエンジンパワーを上げたのと同じくらいの効果があって、その軽さは武器になる。
鈴木亜久里:見た目は似ているけど、市販車とNSX GT3は全部違うって言ってもいいんじゃないかな。FIA-GT3のルール上、市販車のベースは使わなきゃいけないんだけど、エンジンとモノコック以外、ヘッドライトなんかも含めほとんど違う。GT500なんてドアの一部とエンブレム以外違うからね。
鈴木亜久里:市販車はドアで衝撃を吸収しなきゃいけないし、ボディ剛性も取らなきゃいけないから重くなるけど、レーシングカーのドアはとにかく軽い。その分、走行中の力やドライバーの安全はロールゲージが担っている。
・軽量化のため無駄を排除しつつダウンフォースをいかに得るか
外観を見るだけでも、市販車とNSX GT3ではかなり違うことが分かった。では外からでは分からない内側をもう少し解説していただこう。
土屋圭市:ボンネットの中を見た感じNSX GT3はガランとしてるけど、基本構成は市販車と同じ。ボンネットのダクトを付けて、軽量化するとかなりすっきりするね。
鈴木亜久里:ラジエーターは大きくなってる。あと、フレームなんかはルール的に市販車と同じだけど、必要な部分は大きくして熱を逃がす工夫をしてるね。
土屋圭市:リア周りで言えば、ちゃんと荷物が入れられるトランクがあるのも、市販車の大きな特徴だね。
鈴木亜久里:そうだね、あとはやっぱりスーパーカーだから、エンジン回りもカッコ良く見えるようにカーボンの装飾がされている。
・エンジン搭載位置はとにかく低い。安全と剛性を確保するロールバー
土屋圭市:さっき言ったみたいに、エンジンはノーマルなんだけど、NSX GT3はエンジンの搭載位置がかなり低くなっている。これもかなりお金の掛かるポイントだね。
鈴木亜久里:エンジンを下げることで重心が低くなって、コーナリングスピードがかなり違ってくる。レーシングカーっていうのは、重いものをできるだけ低く、車体の中心にもってくるのがセオリー。あと、市販車には無いロールゲージがあって、安全性だけじゃなく、捻じれに対して剛性を保ってる。
■レーシングカーに豪華さは不要
いかにもレーシングカー然としたNSX GT3のコックピット。その違いについても解説していただこう。
土屋圭市:まず見れば分かるけど、市販車に比べたら何もないよね。あと、ドアからダッシュボードから全部が軽く作られてる。
鈴木亜久里:ハンドルにほとんどの機能が付いていて、ハンドルでいろんな操作ができる。市販車で付いていないものといえば、やっぱりドライバーを守るためのロールバー。レーシングカーは安全装置と必要最小限のスイッチ、ハンドルとシートって感じかな。
■スーパーカーでなければならない市販車のNSX
土屋圭市:市販車はやっぱりスーパーカーだから豪華だよね。安っぽいところがどこにもない。ドア1枚見たって高そうなのがわかるでしょ。
鈴木亜久里:確かにしっかりしてるね。
土屋圭市:市販車には安全基準があって、ドアで衝撃を吸収しなきゃいけない。でもレーシングカーのドアにはそこまでの安全性を求めてないからただのカバー。レーシングカーに高級感は必要ないからね。
鈴木亜久里:ルールで決まってるから、ボディ(モノコック)は鉄だけど、それ以外は全部カーボンだし窓もアクリルでできてる。
■いかにきれいに空気を抜くか。リア周りはNSX GT3のキモ
鈴木亜久里:あとやっぱり市販車と大きく違うといったらリア周りかな。
土屋圭市:そうだね。なんでリアディフューザーがこんなに伸ばされているのかっていうと、下を流れてきた空気を整流するため。どんな車でも走っていると後ろで空気が渦を巻くんだけど、そうすると最高速が落ちちゃうし、ダウンフォースも下がる。そのためのリアディフューザーを大きく後ろに伸ばすことで、きれいに流してる。
鈴木亜久里:リアバンパーの端にあるスリットも、タイヤハウスの中の空気を抜くため。取り込んだ空気を抜かないと、エンジンルームに熱がこもってオーバーヒートするしスピードも出ない。
土屋圭市:全部の風をリアウイングのすぐ後ろで巻かないよう、1m後ろで巻くようにしてる。雨の日のレースなんか見ると、その様子が良く分かると思うよ。
鈴木亜久里:それだけこのリア周りは、NSX GT3にとって重要。だからその分一番費用的に掛かっている部分じゃないかな。(笑)
土屋圭市:そうだね(笑)
■見た目も価格もすべては速く走るため
姿かたちが似ている市販車のホンダ NSXと、ARTA55号車 NSX GT3。しかし、今回、鈴木亜久里総監督、土屋圭市エグゼクティブ・アドバイザー両名の解説にもあったように、中身は全くの別物だということが良く分かる。
価格差約5000万。金額の話はやや下世話に聞こえるかもしれないが、その価格差は、サーキットを安全に速く走るための積み重ねによるもの。勇ましい見た目のカッコ良さも、全ては走りに直結しているということなのである。
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