猛スピードで駆け抜けるレーシングマシンは、そのスピードを生み出すエンジンとボディワークに目が行きがちだが、それと同じくらいブレーキも非常に重要な要素。安心して減速できるからこそ、ドライバーはコーナーのギリギリまでアクセルを踏み続けることができる。今回はより市販車に構造が近い、FIA GT3車両である55号車のブレーキについてご紹介しよう。
安定した制動力を発揮するディスクブレーキ
レーシングマシンと言っても、ブレーキの基本的な原理と構造は市販車と同じ。
クルマはタイヤを回転させながら進むため、タイヤの回転運動を、摩擦によって熱エネルギーに変換し減速する。この原理は、細かな構造や仕組みは違っていても、クルマがこの世に誕生してから変わらないブレーキの原理原則だ。
ARTAの55号車(NSX GT3)には、前後ともディスクブレーキが採用されている。ディスクブレーキとは、タイヤおよびホイールと共に回転するディスクローター(ブレーキローターとも言う)を、ブレーキパッドで挟み込むことで強い摩擦を発生。ディスクブレーキは他の方式に比べ、放熱性とコントロール性に長けており、スーパーGTはもちろん、F1をはじめほとんどのレーシングマシンが採用している方式だ。
改造範囲が限られるFIA GT3の55号車
およそ300km/h近いスピードから100km/hまで、僅か2秒足らずで減速することもある55号車のブレーキは、当然市販車のものとは違う。と言いたいところだが、実はNSX GT3のブレーキは市販車のNSXと大きな差はない。なぜなら、FIA GT-3車両の55号車は改造できる範囲が限られているためだ。
ブレンボ社製のアルミモノブロックキャリパーは、フロントが6ポットでリアが4ポット、ディスクローターのサイズは、フロント390mmリア355mm。GT500の8号車は軽量で制動力が高いと言われるカーボン製となるが、FIA GT-3マシンである55号車はスチール製となる。
市販車のホンダ NSXでは、標準仕様のスチール製ローターと、セラミックカーボン製ローターを選択可能。カスタムオーダーとなるセラミックカーボン製ローターのオプション価格は120万円以上と、ブレーキだけを見ればレーシングマシンのNSX GT-3よりも高価かもしれない。
市販車よりも強力な制動力と耐久性が求められるレーシングマシンなら、スチール製ではなくカーボン製にするべきと考えるのが普通だろう。しかし、プロトタイプ化による開発費の高騰を抑制する目的でカテゴライズされたFIA GT3車両は、カーボン製ではなくスチール製を採用しているのだ。
BoPやコース特性に合わせたブレーキパッド選び
レギュレーションによって、市販車と同じサイズ、そしてスチール製のディスクローターを使用することが決められている。そのため、唯一交換が認められているディスクパッド選びが、レースの行方を左右する非常に重要なポイント。55号車は、プロジェクトμ社製のブレーキパッドを使用する。
オーバーテイクの際、ライバルよりも1m遅らせてブレーキングできるか。ドライバーの意志にどれだけ忠実に応え、長丁場のレースを走り切ることができるか。100分の1秒を争うレースでは、エンジンや空力と同じくらいブレーキの役割は大きい。
市販車のアフターパーツにもあるように、ブレーキパッドは配合されている素材や割合によって、その特性は大きく変わる。長いストレートでブレーキが完全に冷めると言われる富士スピードウェイと、高低差がありテクニカルなレイアウトのSUGOでは当然ブレーキに求められる特性は大きく異なるのだ。
また、ときにレース結果に多大な影響を及ぼすこともあるBoP(バランス・オブ・パフォーマンス)に合わせなくてはならない。そのため、レースではスペックが違う2~3種類のブレーキパッドを用意。特にツインリンク茂木や富士スピードウェイでは、2セットの新品パッドを使用するため、プロジェクトμでは合計6セットのパッドが持ち込まれる。そして、ドライバーのフィードバックを聞きながら、フリー走行、予選、決勝と最適なブレーキパッドが選択されるのだ。 続いて、ブレーキパッドの交換サイクルについても触れてみよう。市販されている乗用車のブレーキパッドは新品時8mm~12mm程度あり、乗り方にもよるが4~5万kmで交換されるのが一般的。しかし、スーパーGTでは安定した性能と最良のセットアップのため、毎レースごとに新品のブレーキパッドを使用する。
勝敗を大きく左右するブレーキング
レーシングマシンというと、エンジンやボディにばかり目が行きがち。しかし、先述したように早く走るためにブレーキは非常に重要だ。
富士スピードウェイの1コーナーや、ツインリンクもてぎにあるバックストレートエンド90度コーナー。これらのブレーキングが勝負となるコーナーでライバルよりも前に出られたなら、それはブレーキのセットアップが決まっているからとも言えるだろう。