BRIGHT FUTURE AHEAD 「確かなる手応え」
頂点まで3ポイント。2020年のスーパーGT最終戦富士スピードウェイに、ARTAはタイトル獲得の可能性を持って挑んできた。過去に何度も名勝負を繰り広げ、勝利を収めてきた富士だ。
しかしなんと予選Q1で11位。レースに強いクルマ作りをしているとは言え、ARTAにとっては予想外の結果だった。
後方から頂点を目指すため、やれるだけのアグレッシブな戦略で攻めていく。それがチーム一丸となっての思いだった。
苦しいのは承知の上で、大逆転浮上の可能性があるタイヤ無交換作戦に賭ける。それがGT500クラスを戦う8号車ARTA NSX-GTの攻めの戦略だった。
ディングル「予定通り無交換で行くつもりですが、状況次第では変わるかもしれません」
レースエンジニアのライアン・ディングルからの無線を受け、野尻智紀がステアリングを握ってメインストレートを加速していく。
間もなく12月を迎えようかという季節の富士は寒い。タイヤの温まりは決して容易ではないが、野尻はタイヤをいたわりながらもポジションを維持し、10周目には10位、15周目には9位と少しずつポジションを上げていく。
ディングル「前の39は周回遅れです。その前の23と38のペースは良くないからすぐに追い付くと思う。頑張れ!」
野尻「ちょっと真っ直ぐ走らない」
ディングル「了解」
それでも野尻は諦めずプッシュを続ける。
本当にタイヤ無交換で行くべきか、コクピットの野尻にディングルが問うと、野尻は当然勝負すべきだと答えた。
ディングル「タイヤ情報をお願いします」
野尻「もう、行くしかない。行くしかない! セクター3はちょっとアンダーだから、そこだけ注意して。100Rは走っていくとオーバーになるから」
ディングル「了解、伝えます」
レース後半にステアリングを握る福住仁嶺のために、事前に情報を伝える。
ディングル「あと2周で入れるよ、今クリーンエアだからフルプッシュ!」
野尻「了解」
野尻は予定通りピットインしタイヤ無交換で福住がコースへと戻る。この時点で8号車は6位へ浮上。ペースは良好で、32周目には前のクルマを抜いて5位に上がった。
ディングル「仁嶺、今ポジション5、後ろ12号車とのギャップは1.5秒。ほぼペースは同じです。頑張れ!」
タイヤを交換していないだけに、周回が進めば進むほど苦しくなっていく。
それでも福住は無線交信を最小限に抑えて集中し、前だけを見て走り続けた。
タイトルを争うライバルがトップを走行しているだけに、チャンピオン獲得は難しいだろう。それでも今自分たちにやれることはプッシュするだけ。その一心で福住は走り続けた。
しかしスタートから65周もの距離を走ったタイヤではできることに限りがある。後方からフレッシュなタイヤで速いマシンが追いかけてくれば、為す術なく抜かれてしまう。
ディングル「OK、OK。38は速すぎるんで、12号車を抑えることに集中しよう」
それでも福住は前を追いかけ、再び5位をもぎ取ってみせた。
ディングル「グッジョブ! ポジション5、前は17号車、ギャップ8.2、ペースは33〜34秒台。頑張れば追い付くよ」
17号車を捉えることは叶わず、65周を走り切って5位。
しかし予選のポジションを考えれば、今のARTAにやれることは全てやったと言えた。
シーズン前半戦にいくつものチャンスを不運で逃し、それでも諦めずもてぎで優勝を勝ち取り、気付けば後半戦は3連続表彰台。後半4戦だけを見れば、どのチームよりも多くのポイントを重ねてきたのがARTAだった。
ディングル「仁嶺、グレートジョブ。ポジション5、これが今日の私たちの精一杯です。あのダブルスティントのタイヤで本当に素晴らしい仕事をしてくれたと思います。ありがとう。本当にすごかった。今年の私たちは少し足りなかったけど、後半戦だけ見れば来年に向けて力強いレースができると信じられるから、来年に向けてよろしくお願いします」
鈴木亜久里総監督も、2021年に向けた手応えをしっかりと掴み獲っている。
「ライバル達も手強いからそう簡単には行かなかったけど、車のバランスも良さそうだし、来年が楽しみになるような最終戦だった。今年は新型コロナウィルスの影響で前半戦はお客さんにレースを見てもらうことができなかったけど、沢山のファンの皆さまから応援のメッセージを頂き、ボク達もエネルギーをもらうことができました。来年は開幕戦からエキサイティングなレースを皆さまにお見せできるように頑張りたいと思います」