FLY AGAINST THE HEAD WIND「逆風の中で前へ進め」
新型コロナウイルスの影響を受けて延期されていた2020年のスーパーGTが、7月の富士でいよいよ開幕の時を迎えた。
GT300クラスの55号車はベテランの高木がスタートドライバーを務める。
こちらも新たなエンジニア岡島慎太郎とともに初めてのレースを戦っていく。
高木「ゆっくり走っているせいか、縁石に乗るとパッドが開くから、
しっかり左脚でダフりながら走らないと駄目かもしれない」
岡島「了解です」
1周目のセーフティカー導入直後から高木は新人大湯に向けてアドバイスになるフィードバックを届ける。
高木「クルマは結構ターンインで曲がる方向。とりあえず今のところアンダーはない」
岡島「了解です、ペースは良好でトップと同じペースで走れてます」
高木「18号車はストレートが速いね」
岡島「タイヤの状況はどうですか?」
高木「安定してる。バランスも悪くないよ」
岡島「了解、ペースが良ければ引っ張り方向でいく可能性もあるんでよろしくお願いします」
高木「はいよ〜」
雨の予選のせいで本来のマシンの速さよりも低い位置からのスタートとなったため、高木はひとつずつポジションを上げて追い上げていく。しかし上位まで来ると周りは速いマシンばかりになってくる。
高木「さすがにこの辺になると手強いね」
岡島「了解です。ペースは良いんで落ち着いて行きましょう」
高木「96は誰が乗ってる?」
岡島「新田さんです」
10位までポジションを上げた19周目、高木には痛恨の情報がもたらされた。
5周目のセーフティカーからのリスタート時に前走車を抜いてしまっており、ドライブスルーペナルティが科されてしまったのだ。
高木自身も驚いたほど、意図して起きたインシデントではなく、全くの青天の霹靂だった。
岡島「高木さん、ドライブスルーペナルティです。SCのリスタート違反」
高木「抜いてないよ! 抜いたの!? 誰を抜いたんだろう〜?」
そうはいっても、レース中に出てしまったペナルティは覆すことはできない。
エグゼクティブアドバイザーの土屋圭市が
土屋「真一、頑張ろう、追い上げるぞ!」
高木「はい、ホントすいません」
岡島「500の集団に当たっちゃうので予定よりも引っ張り方向で行きます。高木さん、自己ベストです。プッシュしていきましょう」
しかし27周目に停止車両が出たためセーフティカーが出ると踏んだ岡島は咄嗟の判断で高木をピットへと呼び戻した。
岡島「高木さん、BOX! 多分SC入ります」
55号車ARTA NSX GT3のコクピットに収まった大湯は、意気揚々と初めてのレースへと飛び込んでいった。
19番手でコースに戻った大湯は、岡島や土屋からの指示を受けながらプッシュを続け、持ち味のアグレッシブな走りを見せつけていく。
岡島「大湯、ここからの10周が大事だからプッシュプッシュ!」
大湯「もう一度言ってください」
岡島「プッシュ、プッシュ!」
土屋「大湯、ペースめっちゃ速いぞ、良いぞ!」
エグゼクティブアドバイザーの土屋も大湯の走りに感心し、テンションが上がる。
34周目のセーフティカーで一息ついたが、チームからのプッシュも止まらない。12番手まで浮上し、ポイント圏は目の前まで迫ってきた。高木から無線を通じてアドバイスも飛ぶ。
土屋「大湯、ペースはメチャクチャ良いよ。2台抜いたらポイント圏内だよ」
大湯「了解です、頑張ります」
岡島「高木さんから、ブレーキが結構効かなくなって来ているみたいだから、ラインを外したりしてクーリングするようにして使って。大湯、リスタートしたら3台以上は抜いて来いよ」
大湯「了解です。前は誰ですか?」
岡島「セナ、阪口晴南」
そして40周目に再スタートが切られ、大湯はさらに前を抜いてポジションを上げていく。
岡島「ポジション10、どんどん抜いて行けよ!」
岡島「ポジション9、ラップタイムは39秒2、最速のクルマと0.1秒差」
岡島「前の34号車を抜いたらクリアになるから頑張って」
大湯「34号車抜いたよ! 今何番手?」
岡島「ポジション7!」
大湯「了解!」
最後は前の3台に追い付きそうだったが、彼らは彼らでポジションを争っており、強引なアタックはすべてを失う結果にもなりかねない。
高木が指摘していたように、スリップストリームを使って走りつづけたためにオーバーヒートでブレーキの利きが甘くなる場面もあっただけに尚更だった。土屋アドバイザーもドライバーの視点から大湯にしっかりと忠告することも忘れなかった。
岡島「前とのギャップ3秒」
大湯「絶対抜くよ、前のクルマ」
土屋「大湯、前の3台はヤバい動きしてるからじっと見ておいて! 絶対何かやるから、あまり仕掛けるな!」
大湯「了解、行けるときに行きます」
岡島「落ち着いて行こう」
土屋「頼むよ、大湯!」
大湯「了解です!」
土屋「チャンスが来るまでブレーキを冷やして!」
結局チェッカードフラッグまでに抜くことは叶わなかったが、7位フィニッシュ。しかしこの2日間で起きたことを考えれば、充分に55号車のポテンシャルを示すことができたと言えた。
岡島「チェッカードフラッグ」
大湯「すいません、最後抜けなかった」
土屋「大湯、めっちゃカッコ良かったよ! すっげぇ速かった、トップグループとタイムは変わらない!」
大湯「ありがとうございます」
土屋「めっちゃ良かったぞ、ペースは良かったし落ち着いてるし! カッコ良かったよ!」
イレギュラーなシーズンはこのあと、富士スピードウェイ、鈴鹿サーキット、ツインリンクもてぎで次々とレースが行なわれていく。
55号車は2年連続のタイトル獲得へ。
決して順風満帆のスタートではないが、その逆風を押し切って前に進む力の片鱗は見せた。
激動の2020年シーズンの頂点を目指すには、まさにそんな力が必要になるはずだ。