モータースポーツを戦うチームに欠かせない存在であるメカニック。実際にマシンに乗り込んでレースを戦うドライバー、セッティングや戦略の意思決定に関わるエンジニアと並び、メカニックは車両のメンテナンス、組み立て、ピット作業などでチームに貢献している。
そんなメカニックの仕事ぶりについて、SUPER GTのGT500クラスを戦う8号車ARTA NSX-GTのチーフメカニックを務める北原諒に紹介してもらった。
世界各国のGTマシンの中で最速と言っても過言ではないパフォーマンスを持つ、SUPER GTのGT500クラス車両。ウイングやフロアなどで生み出されるダウンフォースは非常に強力であり、そのダウンフォースのわずかな調整が勝敗に関わることもある。各サーキットごとに最適なダウンフォースの目標値にいかに近付けられるかが重要であり、北原もその辺りの調整には特に気を遣っているようだ。
車体の下面(フロア)で発生するダウンフォースの総量は車高によっても変わってくるのだが、ディフューザーの高さを変えることなどでも調整できる 。レーシングカーのセットアップは1mm単位で調整されるとよく言われるが、北原曰く0.5mm、もっと細かい時は0.25mm単位で調整するという。0.25mmの調整でどれほどの変化が出るのかは、実際に比較テストをしたことがないため分からないというが、1mmの調整でドライバビリティに大きな変化が出るのは間違いないようだ。
そしてリヤウイングの調整も非常に細かい。GT500のリヤウイングは共通部品となっているが、ウイングを支えるピラーの中にはネジが隠されており、それを回すことで0.5度単位でウイングを立てたり寝かせたりできるのだ。
スーパーフォーミュラなどはウイング翼端板に多数のネジ穴が用意されており、ネジの位置を変えることで様々な角度を再現しているが、GT500の場合はネジを取って付け直す必要もなく、作業性にも優れている。そのため、かつて開催されていた鈴鹿1000kmといった長距離レースでは、ピット作業中にウイング角度を調整するといったシーンもあった。
「これだけウイングが大きいとドラッグ(空気抵抗)も大きいので、ダウンフォースが欲しいからといってウイングを立ててしまうと、直線のスピードが極端に落ちてしまいます。そこは悩ましいところですよね」(北原)
メカニックが車両を“イジる”のは、いわゆるセットアップ作業だけではない。レース後に車両をファクトリーに持ち帰ってから、新品同様の状態に戻していく“メンテナンス”が大変なのだ。それは車両がクラッシュして損傷した場合に限らない。
「車両が走行すると砂利が飛んできて、擦り傷のようなものが増えていきます。それがなくなるように、新品のような滑らかな面を作るという作業をやっています」と語る北原。これは車体全体に言える話だと言うが、特に空力的な影響が極めて大きい下面の修繕には細心の注意を払っているという。
「フロアの修繕に関しては、まず外して掃除をするのに1日、樹脂を使って傷を埋めるのに1日、そしてそれを綺麗にならしていく作業にも1日かかったりします。もちろん他の作業も複合的にやっているので、ネジを緩めて締めるといいった作業よりも、圧倒的な時間がかかりますね。そういった部分は、レースを観ている皆さんには想像が難しいかもしれませんね」(北原)
これらの作業にはひとりではなくチームで取り組んでいくため、自らの仕事を過信しすぎずに、他のメンバーとコミュニケーションを取りながら2重、3重でのチェックをすることが肝心だと語る北原。最後に、国内最高峰のレースカテゴリーのチーフメカらしい心構えを教えてくれた。
「(メカニックの仕事は)エンジニアがしたいと言うセットアップに合わせていくという形ですが、エンジニアがどうしたいかを理解して『先にやっておいたよ』と言うくらいの仕事ができる方がいいですね。言われたことをやるだけ、だとそこまでになってしまうので」
文/戎井健一郎(motorsport.com)
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